野外操作実験

温暖化操作実験                           「地球温暖化に対する北方森林生態系の応答の解明」

苫小牧研究林の温暖化操作実験の特徴

苫小牧研究林では地球温暖化の影響を野外操作実験により解明することを目指しています。地球温暖化による温度上昇は高緯度になるほど強く出ると予想されており、様々な生態系プロセスに影響を及ぼすことが指摘されています。
 そのため、近年、世界各地において温暖化に関する操作実験(温室実験、オープントップ・チャンバー実験、赤外線ヒーター実験など)が行われるようになっ てきました(中村ら,2008)。本研究林では、北方森林生態系が今後どのように応答するのかを考察するために、人為的に電熱ケーブルを使って200年生 のミズナラ成木の根圏(地中)と枝の温度を5℃上昇させ、その生理生態応答を調べています。実験は林冠クレーン(写真1)及び林冠ジャングルジムのある森林で行われており(図1)、 土壌から林冠までを層別にさまざまな応答を調査できることも本実験の特徴です。また、地球温暖化に対する生態系全体の初期応答を解明するため、土壌や昆 虫、植物生理、リモートセンシング、森林生態といった各方面の専門家とともに共同研究を行っていることも特徴といえます。

写真1 林冠クレーン

図1 処理木の位置図.林冠クレーンの半径40mを中心にしたミズナラ成木を対象としている(青:対照、赤:温暖化処理).


苫小牧研究林でみられる温暖化現象

写真2は研究林内の紅葉を撮影したものです。20年前の1986年には9月下旬が紅葉の最盛期だったのに対 して、2006年では約1ヶ月遅れ、10月下旬に紅葉が観察されました。この1か月という長さは顕著な例ですが、気象庁の調査では過去40年間でカエデの 紅葉時期が平均で2週間ほど遅れることが報告されています(中山、2008)。苫小牧研究林では林内の降水量も年々減少する傾向にあります。

図2に示すように、計測をはじめた20年代から林内の降雨量は緩やかな減少傾向にあり、60年代からはさらにその傾向が強くなっています。これらの現象は地球温暖化を含む地球環境変動が身近なところですでに起きていることを示唆しています。
 本研究では温暖化に注目し、冷温帯の森林における影響の発現やメカニズムの解明を明らかにするために、苫小牧研究林内のミズナラ林で人為的に温度を上昇 させる操作実験を行っています。将来的には、この研究で得られた情報をもとに、国内外のモニタリング研究(環境省モニタリング1000森林部門、PEN、 LTERなど)ともリンクしながら、北方森林生態系の将来予測やその対策に取り組んでいきたいと考えています。

写真2 苫小牧研究林沿道の紅葉時期の違い

図2 苫小牧研究林における年降水量の長期変化


温暖化処理の方法

ミズナラ林冠木の地下部と地上部を電熱ケーブルによって加温しています。地下部の温暖化はミズナラ林冠木(高さ:15-20 m)を中心にした5m x 5m のプロットに120mの電熱ケーブルを約20cm間隔で埋め込むことで行っています(図4A)。一方、地上部の温暖化は一次枝に電熱ケーブルを巻きつけることで行い(図4B)、当年の枝葉の成長や生理応答を調査しています。

研究内容

1)微生物群集および原生生物群集構造解析 (小玉、笠原)

土壌微生物の群集構造(多様性・種構成)は植生や土壌環境から大きな影響(ボトムアップ効果)を受けると考えられていま す。したがって、地下部の温暖化による地温上昇や地上部の温暖化による落葉の質と量の変化は、土壌微生物の種組成・多様性にも大きな影響を与える可能性が あります。そこでDGGEやFISH法によって土壌微生物相ならびに細菌捕食者である繊毛虫相の季節変化や相互関係の解明を目指しています。

2)土壌凍結融解時期における土壌微生物相のダイナミックス (小玉、笠原)

試験地は寡雪寒冷地域に属するため、土壌が深さ20-40cmにわたり凍結します。したがって土壌凍結が融解する春先に土 壌微生物相はダイナミックに変動すると考えられます。この時期集中的に、DGGEやFISH法によって土壌微生物と繊毛虫の変化を明らかにすることによ り、土壌凍結、融解が土壌微生物・繊毛虫相に与える影響を明らかにします。

写真3 電熱線処理の様子と積雪期の処理区


3)林床植物群集のフェノロジーと繁殖成功(石岡、工藤)(写真 4)

林床草本植物を対象としたフェノロジー(開花・開葉・結実・枯死)と成長様式(植被積・植物高)の計測を定期的に行い、土 壌温暖化による林床植物群集の動態を明らかにすることを目的としています。温暖化による開花時期と成長応答への影響は、春植物で最も顕著であるという予測 の実証を目指しています。

真 4 林床植生の調査プロット


4)ミズナラ林冠木の生理活性と生産性(Muller、田柳、彦坂、日浦)(写真 5)

光合成の温度依存性のメカニズムは種毎に異なることが知られてますが、系統の制約、遷移系列、生活型などに対するパタンは 明らかなっていません。このクレーンサイトではミズナラで温度順化のメカニズムが明らかにされてきましたが、厳密には葉齢の効果と温度の効果が分離されて いません。そこでミズナラとともに、随伴する他樹種やこれらに巻き付いた木性ツル(ツルアジサイ、ヤマブドウ、ツタウルシ等)や林床植物でも温暖化処理に 対する光合成の応答とそのメカニズムを明らかにしたいと思います。さらに緑葉と落葉の質(窒素・リン等)を測定することで、温暖化処理による資源利用効率 や資源回収率の変化を明らかにします。デンドロメータを各個体に設置し、毎月直径成長量を測定するとともに、リタートラップを用いて地上部から供給される 落葉量の測定も行うことで、温暖化処理に対する生産量の変化を推定します。

写真5 ゴンドラとガス交換測定の様子


5)リモートセンシングによるフェノロジーの評価と温暖化影響の検出(田柳、中路、小熊、日浦)(写真6)

植生の分布や生理活性、温暖化影響への応答を広域評価する上で、地表面の分光反射情報を遠隔で観測する分光リモートセンシ ングは、有効な情報源、技術として期待されています。そこで、処理区に隣接する林冠クレーン上部にハイパースペクトルカメラ、サーマルカメラを設置し、ミ ズナラを対象に温暖化処理個体(土壌、地上部)と未処理個体における樹冠の分光反射率画像、熱画像を撮影し、その季節変動を解析します。またこれらと平行 して、単葉を対象に、より詳細な分光反射率の測定も行います。樹冠では、おもに色素や葉量を反映する可視~近赤外(400nm~1000nm)の分光反射 画像を撮影し、単葉では可視~近赤外領域に加えて、有機物組成の情報も含む短波長赤外(1000~2500nm)の反射・吸収スペクトルの計測も行いま す。
 樹冠の解析では、分光情報をもとにして展葉や紅葉、落葉などのフェノロジーや生産活動に対する温暖化処理の評価を行い、熱画像をもとにして蒸散などの水 分動態への温暖化影響について考察したいと考えています。また、単葉のスペクトル解析をもとにした分光情報と、同時に計測されている光合成活性や葉内成分 (炭素・窒素・タンニン・フェノールなど)との関係を調査し、生理応答の面からも分光リモートセンシングによる温暖化影響の検出を目指します。

写真 6 クレーン上のセンサーカメラ


6)林冠昆虫の多様性と密度(中村、日浦)  (写真7)

温暖化は樹木の葉の様々な形質を変え、葉食性の昆虫に間接効果を与える可能性があります。地上部が温暖化することにより展 葉フェノロジーが早くなると、昆虫の孵化タイミングとのずれが生じ、展葉直後のやわらかい葉を利用できない昆虫が出てくることが予想されています (Phenological window仮説)。一方、地下部の温暖化は林床有機物の無機化速度を速め、植物が利用できる無機化窒素量を増やします。その結果、葉の光合成産物は成長 にまわされ、二次代謝物質量(防御物質)が減り、昆虫の成長速度や生存率がよくなることが考えられています(CNバランス仮説)。このように地上部と地下 部で温暖化による昆虫群集への影響が異なります。更にこのような現象の影響は、昆虫種のミズナラへの種特異性の程度(スペシャリスト・ジェネラリスト)や どの季節に出現するかにより異なることが予測されます。そこで、林冠昆虫の多様性・密度の変化を評価するために、鱗翅目幼虫の春群集が出現する6月と夏群 集が出現する8月に幼虫のセンサスを行います。また同時に、葉の様々な形質(タンニン・フェノール・窒素・リン・LMA等)と展葉フェノロジーも測定しま す。

写真 7 ゴンドラからの観察風景とジャングルジム


モニタリング機器

・ハイパースペクトルカメラ:Specim ImSpector V10
・サーマルカメラ:NEC TH3100
・フェノロジーカメラ:Tetracam ADC3
・林床デジタルカメラ:Kona KADEC-EYEII
・温度ロガー(地上20cm、地表、地中5cm)
 :Onset ティドビット v2
・温度湿度ロガー(地中5cm) DECAGON EC-TM
・温湿度・風向風速・降水量 Vaisara

研究メンバー

日浦 勉
 北海道大学 北方生物圏フィールド科学センター
工藤 岳
 北海道大学 地球環境研究科
笠原康裕
 北海道大学 低温科学研究所
彦坂幸毅
 東北大学 大学院理学研究科
小熊宏之
 国立環境研究所 地球環境研究センター
中路達郎
 北海道大学 北方生物圏フィールド科学センター
Onno Muller
 北海道大学 北方生物圏フィールド科学センター
石岡 亮
 北海道大学大学院 環境科学院
田柳史織
 北海道大学大学院 環境科学院
小玉健樹
 北海道大学 低温科学研究所
中村誠宏
 北海道大学 北方生物圏フィールド科学センター