苫小牧研究研究林における野外観測研究

森林生態系の炭素収支

炭素の循環過程は地上部植生による炭素固定、リターをとおした土壌への還元、その分解と蓄積、土壌微生物による呼吸、河川への流出など、様々なプロセスに よって成り立っています。これらがどのような要因によって規定されているのかやその絶対量を明らかにすることは、地球規模での気候変動に対して森林生態系 がどのように応答するのかを知る上できわめて重要なテーマです。苫小牧研究林では上記のようなほとんど全てのプロセスを定量化し、そのメカニズムを解明す るための試みを行っています。
 炭素固定については各レベルで推定を行っており、スケーリングやスケールアップも試みています。個葉レベルでは林冠観測用クレーンを用いた20種の樹木 の光合成の日・季節変化の定量化、個体・パッチレベルではジャングルジムシステムを用いた葉群・光の3次元構造の解明と群落光合成量の推定、林分レベルで は600個体のデンドロメータを用いた直径成長の季節・年変動、景観レベルでは170カ所の永久調査区データと地理情報システム(GIS)を用いた森林タ イプ・遷移に伴う固定量の変化を定量化しています。さらに流域スケールでは河川での詳細な水質観測や土壌呼吸の測定、渦相関法によるタワー観測によって純 生態系交換量(Net Ecosystem Exchange)の推定を1997年から行っています。これらの研究は国際地球圏・生物圏研究プログラム(IGBP)やAsiaFluxを通した国際的 なFlux Networkのなどに貢献しています。


エコトーン

川は森林と水域という明確に区分される2つの景観の接点(エコトーン)として捉えることができます。互いに長く境界を接する川と森は、物質やエネルギーの やりとりを通じて様々な影響を及ぼし合っています。川では森林からの落葉・落枝の供給が無脊椎動物の重要な餌資源となり食物連鎖の起点となります。さら に、森から水面に供給される陸上性の昆虫類は、魚類などの重要な餌になります。一方、冬枯れの森では、川の水面から陸上へと羽化する水生昆虫が、森林の鳥 類を支える大切な糧となると予想されます。林内を流れる幌内川における野外調査から、河畔林に生活する鳥類が必要とする年間エネルギー量の約25%,一方 河川に生活する魚類が必要とする年間エネルギー量の約35%が,それぞれ系外から流入する餌生物(鳥にとっては水生昆虫,魚にとっては陸生昆虫)に依るこ とが明らかとなりました(Nakano and Murakami 2001)。その他、河川の水生生物群集に対する、捕食者、洪水等の複合的な影響、魚類の繁殖行動に対する河川構造の複雑生の影響、また、魚類に対して、 森林から資源が供給されることが、河川内の生物群集にたいして与える影響、外来サケ科魚類が在来魚種に与える影響等について、幌内川を中心に様々な研究が 行われています。


野生動物

野生動物を保護したい場合、あるいは管理したい場合には、その動物の生態を十分に把握することが大切です。例えば、その動物がどのような社会構造や繁殖様 式をもち、生息密度がどのくらいで、森林環境をどのように利用しているのか等を知る必要があります。ここで重要なのは、こうした動物の生態は年によっても 大きく変化することです。それは気象条件や森林の食物供給量などが年毎に、あるいは数年ごとに大きく変動するためです。ですから、野生動物の生態は長期的 な視野にたって10年、20年かけて解明していく以外にありません。苫小牧研究林では、ネズミ類、中型獣、エゾシカなどの哺乳類の生息密度を毎年調査する ことにしました。また、エゾシカが森林に与える影響を調べるための採食圧調査や、タヌキやアライグマの行動圏調査も始めました。今後、データが蓄積されれ ば、こうした野生動物の生態が明らかとなり、その保護や管理に生かすことができると考えています。


生物多様性:国際プロジェクトIBOYへの貢献

生物多様性とは、生物の種類の多様さのことです。生命が地球に誕生してから少しずつ長い時間を経て今の生物多様性ができあがってきました。しかし、現代は 地球の歴史の中でも稀にみる生物の大量絶滅の時代と言われ、生物多様性が脅威にさらわれています。これは、人間活動のためです。人類がこれからも自然から の恵みを享受していくためには生物多様性を保全する必要があります。そのため、日本を含む国際社会は、生物多様性を守り次世代に受け渡すために努力するこ とで合意しています。
 しかしながら、その守るべき生物多様性の中身がなんなのか、例えば地球には何種の生物がいるのか、そんな基本的なことも実はほとんど分かっていません。 そこで21世紀の最初に、世界の様々な地域で同時に同じ方法で多くの生物分類群の多様性を測定し、その後の変化を追跡しようという国際プロジェクトが日本 の生態学者の提唱により始まりました。それがIBOY(アイボイ、International Biodiversity Observation Year:国際生物多様性観測年)です。
 苫小牧研究林は、様々な分類群の生物の専門家がおり施設が整っている日本でも数少ない野外研究サイトであるためIBOYのコアサイトのひとつに選ばれ、 国際的な生物多様性研究に貢献しています。苫小牧観察された植物、土壌動物、飛翔昆虫などのデータはIBOYのウェブサイトで無料で閲覧できます。詳しく は、http://niitsu.dyndns.org/IBOY/SpecimenGrid.aspxをご覧下さい。