苫小牧研究林の理念と活動概要      林長 揚妻 直樹



理念

 

 地球上には様々な生態系が存在し、固有の生物多様性を保持しています。生態系の変動や維持には数多くの要因が関与するので、生態系の維持・変動気候を明 らかにするには、生物・物理・化学的情報や地学特性、人間活動のインパクトなどを同時に、固定した場所で長期間集中的に明らかにすることが有効です。また 大規模操作実験も併用することによって生態系における生物と環境の相互作用を直接明らかにすることができます。このためには多分野の科学者があるフィール ドに集まって研究を行うことが肝要です。さらにこのようなフィールドステーションのネットワークを形成 し、互いに情報交換や共同研究を行うことで地球規 模での生物多様性や生態系機能について論議することが可能となってきます。これらの目的のためには、まずフィールドステーションを確立することが野外科学 の進歩のためにも重要となってくるはずです。

 

 

 

 対象となる生態系の気候、動植物、地学特性 データが前もって準備・整備されていることが、詳細な研究計画を立てたり研究の失敗や無駄を最小限にする上でも不可欠です。また一つの場所を異なる分野の 研究者が共有することで細かな情報も共有でき、新たな視点を得ることも可能となります。したがってフィールドステーションでは研究情報の管理・提供も野外 科学の進展のために有効な手段となってきます。しかし残念ながらこれまでの日本には真の意味でフィールドステーションと呼べる場所はなく、米国や欧州に比 べて立ち後れてきたといわざるを得ません。日本ではこれまで個人が演習林や国有林に調査地を設置し、管理も自前で行ってきたためにその個人が研究を止めて しまうとその調査地や情報はそれだけで終わってしまいます。これに対して米国の長期生態学研究地は1000haから150km2の面積を持ち、地学、気象学、生態系生態学、民俗学など様々な研究が並行して行われ、あらゆる情報をそのフィールドステーションが一括管理・提供しています。

 

 

 

 これまで旧苫小牧演習林は、その活動をとおし て林学のみならず多くの分野の野外研究基地としてその基礎を築いてきましたが、1997年度から大学院生も定員化され、2001年北方生物圏フィールド科 学センター苫小牧研究林として組織上も生まれ変わりました。今後もさらに日本における真の意味でのフィールドステーションとして機能し、生態学を中心とし た多分野の野外科学の進展と教育に寄与することを目的として運営しています。苫小牧研究林スタッフが中心となって行っている研究は、森林生態系における

 

 

 

1)個々の種特性や相互作用からのボトムアップによって 生物多様性の維持機構や生態系機能を明らかにすること、

 

2)生産者多様性の勾配に応じた食物網の変化とその機構を明らかにすること、

 

3)景観スケールでの物質循環過程とこれに関わる要因を明らかにすること、

 

4)様々な生物群の多様性を定量化すること

 

5)地球温暖化などの環境変動の影響を解明すること、などです。

 

 

 このために研究林全体を巨大な野外ラボと考え、均質な地形・地質、多くの面積を占める二次林、湧水河川、熱帯に比べて低い生物多様性、などその特色を最 大限に生かした生態系レベルの大規模野外実験を積極的に導入しています。現在の教員2人の専門は森林生態学(日浦)、樹木生理機能のリモートセンシング (中路)ですが、それぞれ幅広い興味を持ち、ともに自然を学び研究する大学院生を広く受け入れています。また苫小牧研究林は野外研究・教育だけでなく、一 般の方々が自然に親しみこれを学ぶことができるよう門戸を開放するとともに、ここで得られた研究成果を積極的に市民に還元できるよう努力しています

活動概要

 研究林の活動は、健全な森林を維持するための森林施業、森林生態系に関する研究、林業や森林に関する教育の3つに 分けらます。森林施業において、当研究林はその南縁を工業都市苫小牧の市街地に隣接していることから、「都市近郊林」としての位置づけのもと、林業生産、 休養緑地機能、環境保全等の観点を盛り込んだ「都市林施業」を目指しています。施業内容は、素材生産および森林管理を目的とした天然林の択伐、人工林の間 伐、若齢人工林や二次林の撫育作業、植え込みなどと、休養緑地・環境保全を目的とした、もみじ施行林、樹木園、遊水池などの維持・管理施行を行っており、 一部が市民の方々に開放されております。

研究面では、森林生態系に関する先端的な野外研究ステーションとして、多くの分野の研究者に開放され、活発な研究活 動を行っています。現在、魚類生態学、動物生態学、植物群落学、鳥類学、森林昆虫学、土壌学、水文学などの個別研究が行われており、生物群集の維持メカニ ズムの解明、森林と河川の相互作用、生物遺伝子資源の保全手法の開発、森林の多目的利用と共生系のモデル作りなどを課題としています。

教育面においては、学生実習を受け入れてフィールドでの実体験を重視した授業を行うほか、大学院生の修士・博士研究を指導しています。